メサイア 月詠ノ刻

メサイア月詠ノ刻が全公演を終えました。

毎度毎度全力で絶望させられるのがメサイアだけど、今回の月詠ノ刻は、個人的にメサイア史上2番目にしんどかったです。

 

メサイア月詠ノ刻、一言で言うならば

 

「修羅場」

 

でしたお疲れ様でしたッッッ

私は考察とか難しいこととか考えられないし書けないので、純粋に自分の気持ちを書きます。

 

諸般の事情でキャストの一人が降板となったので、公演前から絶望を突きつけられた気持ちでした。

そのキャストは推しではなくても、必ず良いものを見せてくれるだろうと信じていたし、キャスト発表からずっと楽しみだったからです。どうするんだろう、きっと重要な役柄であろうキャストがいなくなって、舞台は成立するのだろうか。仕事してる場合じゃねぇ!今すぐ帰りたい!(いつも)そう思いました。

 

でも、杞憂でした。

 

素晴らしかった。

 

代役の村上さんは3日間の稽古で初日を迎えたそうです。

村上幸平さん、本当にありがとうございました。あなたがいてくれたおかげで、万夜と小太郎は1つになれました。

 

(でも、やっぱりあの役のつねくん見たかった)

 

そうです。万夜と小太郎。今回のメサイア、しんどい大賞!!!過去イチBのL!(ごめん)

 

なにがって『小太郎が死んだ』という事よりも『同一化の方法』がつらかった。

 

これまではコンビで壁を乗り越えて通じあったり、死んでも人工知能になったりと、「自分とは別の存在」と意志や考えの共有ができた。

 

しかし今回は違いました。

全くの同一化。臓器移植という形で万夜と小太郎は一つになった。

確かにこれで2人は死んでも一緒にいることができる。 

でも、考えや思いを共有することはできない。今後苦労や幸せを分かち合うことも、思い出話をすることもできないのだと思ったら、なんて悲しい結末なんだろうと…毛利このやろうしんどすぎやろ最高(憔悴)

 

ただし、万夜がチャーチを卒業するには、「自分とは別の存在」がいることが必須。

 

小太郎は自分の運命を受け入れて死んだ。

万夜は自分の運命に加え小太郎のそれも受け入れて生き続けることを選んだ。

この先、新たなメサイアと組まされる万夜は、さらにもう1人と運命を共にしなければならない。

 

万夜は有賀のように大人じゃないから、新たなメサイアを受け入れることはかなり難しいと思う。

大楽後、友人と『万夜が自分を委ねられるメサイア』に相応しいのは誰だろうと考えたけど、おっきーに代わる人がいなくて困った。

失礼かもしれないけど、おっきーのメサイア出演が発表されたとき、正直「なんかパッとしないし、集客力もなさそう」と思った。でも、おっきーが他のキラキラ美形で、座長公演できるレベルの人気俳優だったら小太郎はできていなかったし、長江くんとのバランスが取れなかったと思う。

太陽みたいなおっきーと長江くんが小太郎と万夜になったのは奇跡だった。

そして、そんな太陽を死なすなんてやはりこの作品は罪深いと思った。

 

おっきーが大楽の挨拶時に「なぜ自分は、万夜の救世主になれないんだろう」と話していました。

それまで我慢していた観客の嗚咽が大きくなりました。

 

そんなことない。小太郎は、万夜の救世主だ。

 

そう思ったのではないでしょうか。

少なくとも私はそう思いました。

 

葬式と結婚式が同時に行われたメサイア月詠ノ刻。(大楽は卒業式も加えられた!)

「お互いが運命を共にする」というメサイアシリーズのテーマが、ここにきて改めて深められた。

 

そして、この世界はやっぱり残酷で、簡単にはいかないことばかり。

簡単には死なせてくれないし、簡単には生きさせてくれないし、簡単に助けてもくれない。絶望がそこら中に散らばっている。

だから人は自分の『救世主』を、探している。

メサイアという作品はフィクションだけれども、非現実的ではない。改めてそう感じた。

 

相手の名前を初めて呼んだのが最期のときだなんて悲しすぎるなぁ。

 

まとまらないのでおわり。